世間体を気にする親に対する憎さから学んだ野菜農家である僕の家族観

みなさん、こんにちは。

三重県の北部に位置して、県内で唯一人口が30万人を超えている沿岸部にはコンビナート、山を見渡せば雄大な鈴鹿山麓の広がる四日市市は上海老町でナス、コマツナを栽培している野菜農家、ナスケンです。

今回のブログは自分の両親に対する「憎しみ」の感情から自身も家庭を持ち、そこから得た気付きを書いてみました。

【親が憎い】

僕の親父は市役所勤め、母親は保育士。

つまり2人とも公務員。

小学生高学年くらいからかな。

公務員改革⁈とか公務員の給料を減らすとか。

公務員は会社員に比べて優遇されているから、とかよく分からない(当時ね)理由でかなり世間からバッシングされていたのを覚えている。

親父は仕事の話は一切家庭に持ち込まない。

その点母親は仕事を家に帰って来てから夜な夜なやる事が多くて休みの日にも園で飼っているウサギさんにご飯をあげにいかなきゃ!と言って僕もよくついて行った記憶がある。

ただ中学に上がる頃には「親が公務員」ということは自分の中では隠したい事No.1になっていた。

それは時代背景もあると思う。

リストラ、就職氷河期時代とも言われていた当時。

公務員は余程のことがない限りクビになることはない、と言われていたから。

正確には分からないけど、その当時の僕の記憶はそんな記憶。

とにかく「親は公務員」というのが嫌だった。

だから親の職業を聞かれても、

「会社員」

と答えていた。

今思えば笑っちゃう話でもその当時の僕からしてみたらめちゃくちゃ嫌だった。

世間体ばかりを気にする両親

親も親で「世間体を気にする塊」みたいな人間だった。

そのくせ僕が、

「◯◯君の家はゲーム買ってもらったんだって。僕も欲しい。」

と言おうものなら、

「うちはうち。他の家は関係ありません」

だって。笑

「いや普段あれほど周りの家はどうのこうの言うてあーだこーだ僕に文句言うてくるのに、ゲーム欲しいって言ったら「他の家は関係ありません」っておかしいやろ!おい!」

中学生にもなってればそんな事はすぐ理解できていた。

親が敷いたレールを歩く僕

↑能天気な中学生時代。そこそこモテたん…でしたっけ?笑

今思えば僕は「親が敷いたレール」の上をただただ歩いていました。

それが普通だと思っていたし、当たり前だと思っていたから。

きっと似たような感情を持っていた子、昔も今もたくさん居てると思います。

親へのあてつけで非行に走る子だっているの分かるもん。

僕は親のオモチャじゃない!!

↓グレてた16歳くらいの1枚。全盛期か(笑)

「俺は(私は)、アナタのオモチャじゃない!!」

って気持ち、痛いほど分かるもん。

僕は自分がそういう感情を持って小学生から多感な高校生時代までを過ごしてきました。

だから分かるよ、君の気持ち。

親はそれを「愛情」という言葉で表現するよね。

なんて都合のいい言葉なんだろう。

「愛情」って言葉を使えば「しつけ」と言う名の「暴力」も正当化されるのか?(例えが極端だけど)

んなわけ無い。

親になって少しずつ分かってきた…気がする

↓「やりたい」ことをさせてあげたい。最近はボルダリングにゾッコン。

3人の子供の親になって少しずつ分かってきた気がする。

子供だって1人の人間。

やりたい事も、やりたく無い事もある。

それを、

「親である自分の夢だったから」「自分には出来なかったからやらしてあげたい」

…分かるよ。分かりますよ。その気持ちも。

子供である前に1人の人間として

ただ大前提として、

「子供である前に彼、彼女たちは『1人の人間』なんです」

そこをすっ飛ばしてませんか?

ただ誤解しないでください。

「自分の夢を子供に託す」とか「自分は出来なかったからせめて子供には…」という思いが悪いとは言ってません。

それが子供が本当にやりたい事なのか、という思考が抜けていませんか?と言いたいのです。

僕だって最初から上手くいってない

というか今でも上手くいってません。

1人目、2人目の子供が生まれた時は肉体的にも精神的にも余裕が無くって、自分がしんどい時、機嫌悪い時、自分基準で家族を振り回していました。

その当時はそれでいいんだ、って思ってました。

けど、3人目が生まれて上の子2人も大きくなるにつれて、昔僕自身が親に対して抱いていた感情を子供から言われるようになってきたとき「ハッ」としたんです。

僕が子供の時親に対して抱いていた疑問。

その疑問を自分の子供たちも僕に対して抱いていることを。

少しずつ、少しずつ

そこから少しずつですが意識を変えるようになりました。

外食する時、お出かけする時など今までは親都合で決めていたことを一旦全部取っ払って「子供たちに」聞いてみるようにしたんです。

そしたら「カードゲームしたいかたイオンに行きたい」「ボルダリングしたい」「お金最近使っているからお金かからない公園でもいいよ」みたいなやり取りをするようになったんです。

これがいいかどうかは分かりません。

ただ、全ては叶えてあげられないけど子供たちの意見に耳をか傾けるようにしたんです。

「そんなこととっくの前にうちではやっているよ」

と言うアナタ。凄いと思います。

僕の家ではそれが普通じゃなかったんです。今ようやく気付けたんです。

子供が教えてくれたこと

長女が小学生2年生だった昨年、朝「学校に行きたくない」と言った事があります。

たまたま僕と妻は2人で出掛ける予定でした。

妻と相談して長女は学校を休ませて一緒に連れて行くことにしました。

用事を済ませて、僕は長女が「本好き」「読書好き」というのは知っていたので四日市に昔からある童話の絵本が数多く置いてある「メリーゴーランド」へ行くことに。

長女に、

「パパね、絵本がいーっぱい置いてあるお店知ってるんだ。行く?」

と聞くと、目を輝かせながら、

「行く、行く」

と。

あの時の表情は今でも覚えてます。キラキラしていた。

お店に連れて行ってからは店内に置いてある絵本に圧倒されながらも好きな本を手にとって声を出しながら読み漁っていました(笑)

そして帰り道に今までは「将来の夢は何?」と聞くと、「保育園の先生になる!」と宣言していた彼女がなんと!!

「絵本を作る!!!!」

と言い出しました。

まぁ子供なんでそのあたりはコロコロ変わるでしょうけど、僕は彼女の夢を親としても1人の人としても応援して行きたい。

そう思った次第であります。

↓ちなみに僕が好きな本はコレ!「ぼちぼちいこか」です。

長女が教えてくれたこと

何はともあれ僕自身も今、こうして大好きな農業を不自由なく出来ているのは妻や子供たちの協力があってこそ。

そして僕もそうだったように子供の頃って「違う」ことにたいしてすごく悲観的な感情になる子が多いように思います。

僕は普段から野菜作りをしていて思うのですが「同じ形の野菜って無い」んですよね。

微妙に違うんです。葉っぱの形、大きさ、厚み。

だからどれも個性的なんです。

これって人間にも言えるんじゃないのかな、って思っています。

野菜には同じ形が無いように、人間だってみんな違ってみんないい。「違う」ことこそが「個性だよ」と伝えたい。

僕はこのメッセージを子供たちに伝えるために野菜を直接持ち込んで小学校へ野菜の授業をし行きます。

その様子はTwitterで発信しています。ハッシュタグは「#ナスケン小学校PR作戦」です。

ナスケンTwitter→コチラから

もしよかったら追ってみてくださいね。よろしくお願いします。

いつも最後までお読みいただきありがとうございます。そんなみなさんから僕は支えられて活動出来ています。感謝です。それではまた。

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