四日市市上海老町の農家、ナスケンの自己紹介

四日市のナス農家の想い

みなさんはじめまして。

四日市市上海老町のナス農家、ナスケン(@maruhonasu)です。

生まれて初めて持つiPad Proでオシャレにスタバでブログを書いてみます。

まるで代官山の洒落たイタリア料理店に泥まみれの長靴で入ってきたくらい、気分は高揚して楽しいです。

自己紹介します。

【名前】堀田 健一 (ほった けんいち)

【身長】178cm

【体重】90kg

【性格】気弱、優柔不断、ヘタレ(いろんな意味で)、優しい

何故ナス?

聞いてくれてありがとうございます。

今思い返せば、亡き祖父に物心つく頃から、

「昔、ここはナスの産地やったんや」

とよく聞かされていました。

結構な頻度で聞かされていたので祖父の声は今でも耳に残っています。

挫折ばかりの高校生時代

楽しく野球を続けたいという想いと、野球をしている少年ならば誰もが憧れる「甲子園」に行きたいという想い。

両方の想いを叶えるために僕が選択した進学先は三重県内でも硬式野球で1、2の実力校である四日市工業への進学でした。

曲がりなりにも四日市市内ではそこそこ名の売れた捕手だったので結構な自信を持って入学、入部。

が、現実は甘くなく、僕より実力が遥かに上回る人ばかり。

「いやこれは仕方ない。俺は下手なんだ!」

と素直に認めて、

「じゃあ、楽しもう!楽しく野球をしよう!」

もちろん、甘くないですよね。

走る→キャッチボール→素振り、の繰り返し。

基礎が大切!って言いますが当時の僕はやらされてる感満載の練習態度でした。

先輩の顔色伺って、上手くなろう、というよりは気に入られて良く見られよう、そうしたら理不尽に走らされることも無くなるし。

もう完全に入学前の自分はいなくなってますね、はい。

文章書きながら当時の自分に殺意さえ覚えます。

でも、当時の自分はこれが正しいって思っていたんですよ。

もちろん、こんな状態が長く続く訳じゃなく、肉体的にも精神的にも限界だった僕。

気付けば9月。僕は野球部の監督室の前に立っていました。

「先生、辞めます。お世話になりました。」

「そうか」

止められる訳でもなく、あっさりと。

心の何処かに引き止めて欲しいという思いはあったかも、いやありました。

だけど自分の想いとは別の答えが返ってきて、その瞬間に全てのことがどう

でもよくなりました。

今まで1日の1/3(約8時間)を野球に費やしていた僕。

ぽっかり空いたその時間。

本当は「やめます」って言った僕を引き止めて欲しかった。

引き止められて、みんなの輪に戻る自分をかっこよく想像していた僕。

「大人って子供を守ってくれるんだろ」

「助けてくれよ」

声に出せない心の叫びを「辞めます」って大人に言うことにより大人にかまってもらいたかったんです。

だけど、ここでも自分が思っていた答えが返ってきませんでした。

そして、引き止めてもらえないことが分かった瞬間、自分の中で大人に裏切られたと考えるようになりました。

そこから崩れるのは早かった。本当に早かった。

ソフトヤンキー時代〜高校退学

何なんですかね、この写真。恥ずかしい(笑)

Kawasaki ZRX400 だったかな、車種は。凄い速かった、とだけ覚えている。

裏切られた感満載の悪のヒーロー気取りの僕は、

「大人が困る事をしてやろう」「僕がこうなったのは大人のせいだ」

と考えて、単車に乗ったり、タバコを吸ってみたり(←むせかえって駄目でした)、特攻服を作ってみたり。

ちなみに特攻服の背中に入れた文字は「獅子奮迅」。いい言葉なのに使う場所間違えましたよね。

正直、自分の居場所があるならば何処でも良かった。

自分を見捨てた(かなりの被害者意識だけど)大人社会への反発が出来るなら方法は何でもよかった。

今思い返せばこの時はこの時で楽しかったです。

毎週土曜日夜に四日市駅のマックに集合して店内をほぼほぼ陣取り、どうでもいい話をして暴走しながら帰る。

今は単なる笑い話だけど、当時はここが自分の居場所で、居場所を確保するためには続けるしかなかった。

昼と夜の生活が逆転し、だんだんと高校生活から遠のいていき始めたのもこの頃。

たまに行く学校で、もちろん授業中も寝ているから先生から注意されて、怒って先生に悪態をつく始末。

まぁ、見事なまでの落ちっぷりでした(笑)

同級生も困っていたでしょうね。

数ヶ月前までは礼儀正しい野球少年が、ものの数ヶ月でそこまで落ちる。

かける言葉も無かったと思います。

野球部を辞めたのが1年生の9月。

学校を辞めたのが2年生の7月。

2年生になってからはほとんど学校へは行っていませんでした。

そして、辞める際の退学届は紙切れ1枚だったのは今でもハッキリと覚えています。

必死に勉強して、何枚も何枚もノートに書き込んで高校合格を掴み取ったのに、辞めるとなると紙切れたったの1枚。

ふざけんなよ。大人。

そんな高校生活の幕切れでした。

なんだコイツ。ピースなんか呑気にしやがって。

おわりに

みなさんごめんなさい。

今回のブログで挫折からナスとの出会いまでを書こうと思いましたが、思ってたより少し厚みがある人生みたいで終わりません。

続きは次回のブログで書きたいと思います。

何もかもが中途半端な高校時代。

誇れるものも何もありません。

そんな奴の話を最後まで読んでいただき、感謝しかありません。

ありがとうございます。

もし続きのブログも暇があったらフラッと見てくれたら嬉しいです。

それではまた。

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