人目を気にする野菜農家のピアノへの挑戦!

おはようございます。

三重県四日市市は上海老町の野菜農家兼食育家のナスケンです。

今回のブログは朝起きて、その時感じた想いを出来るだけ感じたまま正直に文字に起こしてみよう。

そんな考えから書いてみたブログです。

人目をめちゃくちゃ気にしてる

昔から周りの目線を気にして、顔色伺い、自分の意見を言うことも、他人と違うことを言う勇気も全くありませんでした。

今でもその感情が少なからず出てくる。

5年前に農家として野菜栽培をスタート。

言われるがまま必死に自分ではやってきた。やってきたつもり。

ただ就農当初から何か具体的な「目標」「目的」「譲れない何か」とかあったわけじゃない。

むしろ今も無い。

明確なビジョンがあって農業を始めたわけじゃ無いから余計にか。

というか、ブレるブレないのそもそもの軸がまだ無いわけだからブレようが無いわけで。

一個ずつブロックを積み重ねる、そんな感じでしょうか。

最初はいいな、これいいな、って思って取り組み始めても次第に「アレ、なんか違う」ってこと今思えばよくあるような。

誰だってリスクはおいたくなし、出来ることならおわずにいきたい。

だが、リスクをおうことで見えてくるものだってある。

最近始めたピアノ

「家族に感謝の気持ちを」「人間、やる!って決めて取り組めば何歳からだって出来るんだって事を子供達に示したい」

という考えのもと始めたピアノ。

ここにエンタメ要素は必要なのだろうか。巻き込むためには必要なのかな。

周りがそんな感じになったとしても僕は自分の考えに素直になって行動すればいいのかな。

考えに変化はあっていいと思う。

取り組む中で色々と変化はあるだろうし、自然なことだと。

ただ今回の取り組みで自分に問いたい。

「ブレさせたらいけないとこ、どこだ?」

と。

今までこういう場面に出くわせば必ず周りの目を見て、気にして周りに合わせるように過ごしてきた。

今回もそうなってないかい?

合わせることが自分を守ることだって思っていたけど、結局自分を消してしまってそれに気づいた時にはもうどうしようもなくなっている。

家族に感謝の気持ち、やれば出来るという姿勢を伝えたいのに、家族にばっかり負担がいってたら意味無いやん。

これだけは忘れちゃういけない。ここだけはブレさせたらいけない。

というのだけは文字にしてみると間違いないことですよね。

自分の意見を言うことで相手が傷付いてしまうんじゃないか、周りから必要とされなくなるんじゃないか、そんなことばかりが頭に浮かんでは消え浮かんでは消え。

1番の犠牲者は

でもよくよく考えたらこの考え方の1番の犠牲者は他でも無い「自分自身」なんですよね。

完全に自分を見殺しにしている。

周りと同調することによって安心感や自身の居場所を見つけていた。安心していた。

けど、安心したのも束の間、この船の行き先はどこか分からない。

もう自分に嘘をつくのはやめよう

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